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安達さんに質問!

 投稿者:はなちゃん  投稿日:2008年 1月24日(木)19時30分9秒
返信・引用
  ちょっと初心者の私にはまだわからないんですが、泥海古記はこふき本のこと?
こふき本て教祖が何人かに書かせたけど結局「よし」とされるものがなかったんですよね?
歴史的資料的価値というか経典編纂などの部分では価値があったとしても
教祖が残されたそのままではないんですよね?
それなのに安達さんは泥海古記にこだわるんですか?

それから私「はなちゃん」や「はるちゃん」「はなまる」全部私なんですけど
私が安達さんに聞いた質問のうち数回しか解答をいただいてません
出来たら過去のスレを見て全部こたえていただきたいな〜
私みたいな初心者でもわかるようにおこたえください
私がいかに初心者かはここの過去のスレを全部読めば天理教暦がわかるとおもいます
 

Re: 病的に可笑しいね。

 投稿者:安達  投稿日:2008年 1月24日(木)00時29分43秒
返信・引用
  > No.578[元記事へ]

一応会長さんへのお返事です。

有難う御座います。批判されるのも良いですね〜!

> 明治二十二年十月七日 さしづ無くしていかなる道も通れるか、通れんか。
お筆先 四号105 だん\/と見えん事をばゆてをいて 先で見えたらこれが神やで

明治二十五年二月十八日 さしづの理はたった一つの理を諭してある。なれど分かりゃせん。理のさしづには違わんという理を取らにゃならん。身上に事情と言えど事情による。

明治二十五年六月四日 幾重のさしづもあろう。引き合わせてみよ。成程の理も分かる。

明治二十三年六月十三日、午前三時半に『(前略)一点の理は年限で分けてある』と仰せ有りました。

天理教の方々は年限は理解出来ないのです。話しを聞いた人は誰もいないからです。また、気が付く人も居ないでしょう。早く気が付いて頂きたい。

一度、おさしづ六三三一頁を拝読して下さい。その上でおふでさきや泥海古記と引き合わせてみて下さい。楽しいですよ。悪しきを払うて助けた給え天理王の命のお勤めの意味は明治三十二年に書

いてありますよ!宜しくお調べ下さい!臭いがけやひのきしんはおさしづをチェックしてからで良いですよ!宜しくお調べ下さい、お願い致します。有難う御座いました。
 

病的に可笑しいね。

 投稿者:一応会長  投稿日:2008年 1月23日(水)23時49分29秒
返信・引用
  おふでさきやおさしづは拾って繋げて読むものではありません。

続けて読むのです。
バラバラに取り上げたらそりゃ違う話になるでしょうね。

他の世界宗教と違い、教祖の残された神言はタイムリーなのです。
決して掻い摘んで読み解いてはなりません。


お筆先四号 41 あす日は何でも頼みかけるでな 神一条につかねばならん
      97 これまでと道がかわるとゆふてある 神はちがうた事はゆわんで

あまりにもご都合主義ですね。
仏教やキリスト教などで沢山の分派が出ているのと同じ様な感じなのかな?

大体、信仰の目標とは何ですか?
親神様であって教祖である訳でしょ?

その教祖の残された文献をこの様に歪曲して解釈して教祖が喜びますか?天理教という言葉以前にあなた方の信仰態度を疑ってしまいます。
私は一応会長ですが、何も天理教を信仰している訳では有りません。

親神様・教祖が目標です。
教祖に教えられた事を素直に実行する事がようぼくとしての勤めです。

まあ、こんな事ばかり教えられてたら間違いを起こしても仕方ないですけどね。如何にももっともらしく聞こえますから。。
 

もう一度ご確認して下さい。

 投稿者:安達  投稿日:2008年 1月23日(水)23時30分8秒
返信・引用
  Re: 神一条の道は年限で立っています。  投稿者:管理人  投稿日:2008年 1月22日(火)20時26分9秒
↑ 返信をしなければ成りませんが、雑用と調べ物のため時間稼ぎをします。その間eメールでお伝えしました資料2つを確認して下さい。2007年10月25日『天理教は神様をダマしています。』と2008年1月15日『親神様を無視しないで下さい!』
   ☆下記のおさしづを心においてみかぐらを歌って下さい。お筆先を拝読して下さい。☆
    天理教は神様をダマしています。  日々はお勤めご苦労様です。

おさしづは確認して頂けますでしょうか?兎に角、調べて頂きたいのです。

みかぐら歌は毎日歌って居られると思いますが、人によって様々でしょう。
  みかぐら歌 八下り目
五ツ 何時まで見合わせいたるとも 内からするのやないほどにと歌い踊って居られると

思いますが、内からとは天理教の事であります。天理教の事をうちからのうちと仰せ有ります。よくご思案して下さい。

 明治二十一年三月九日のおさしづに(20頁P134)
十分道と言えば、世界から付けに来る。世界からろくぢという道を付き来る。濁った\/道でどうもならん。と仰せ有りました。以前にお伝えしましたからお分かり頂いて居りますね。また、明治三十三年一月四日と九月九日のおさしづは確認して頂けたでしょうか?(百年の先のことを言うておけば)

明治二十一年六月八日のおさしづに神一条の名揚げ、と書き残してあります。
明治二十三年四月二十日おさしづには神一条の道は又一つの別派。と有ります。もう一度、ご検討して下さい。
 参考のため分かりやすいおさしづ並べて置きます。

   明治二十一年六月八日 御さとし
神と上といふは、ふたがあきにくい、一寸みていよほそ\/ながら、この道みんなあつまる、世界の理におされるから、ほそ\/道ゆるした、ふりかわると、ころりとかへる\/、神一條の名あげ、一ツのほそ\/の道、早く理をはやくなお

せ、はやく治めおくしまい一ツはやぶってしまへ、いかなる事一ツの一条、早くとほてやらうか、ふんでやらうか、あ
ちらへも早く、こちらへもはやくほそい道でも一寸つけたが道はかたいで早く\/治め。

(M22・4・18)さあ \/ 天理教会やというてこちらにも始めかけた 応法世界の道これは一寸の始めだし(足場) 神一条の道はこれから始めかけ元一つの理(元治元年)と云ふは今の一時と思うなよ(末代続く道)今迄に伝へたるはなし 甘露台といふてくどき\/ つめたる。

(M22・8・21)ころりと道を立て替えて、世界これだけの道を始め掛け。 神一条世界一つの道 只一ツの道を始め掛け だん\/因縁、因縁の理を持って始めかける理という十分理を聞き分けてくれねばならん ・・・・神一条の道はまだ

\/治まっていない、神一条の道を通りていると思ふたらころりと間違ふで年限ただ不思議や \/ 思う丈(だ)け何も分かりゃせん 又一ツ一人の小人(人間甘露台)定め一ツの理であろう。

(M24・2・7)これから先は神一条の道、国会では治まらん、神一条の道で治める、怖わい道があってやれ楽しみと言う。

(M24・5・18)皆承知をして居れば、その日が来てもほんにあの事情かと、心に楽しむ。いっぱしどいう事情になるとも、日本一つの道がある。こうがある。神一条と言うてある。分からんやあろうまい。案じる事は要らん。天より始めた一つの道を治めるという。

(M30・7・14)天理教会と言うて、国々所々印を下ろしたる。年限経つばかりでは楽しみ無いから、一時道を始め付けたる。神一条の道からは萬分の一の道を付けたのやで。それから聞き分けば、邪魔になるものは邪魔になる。害になるも

のは害になる。言うわいでも分かった話や。お筆先二号 13 はやばやと表で様と思えども 道がのふては出るに出られんと仰せ有ります。

(M21・1・8)神一条の道は一寸難しいようなものや。一寸も難しい事はないで。神一条の道はこういう處、一寸も聞かしていない。天理王命というは五十年前より誠の理である。ここに一つの處、天理王命という原因は元無い人間を拵えた神一条である。

お筆先四号 41 あす日は何でも頼みかけるでな 神一条につかねばならん
      97 これまでと道がかわるとゆふてある 神はちがうた事はゆわんで

と仰せ有りますからこれに背けば月日退くと成る様です。また次の様にも仰せ有ります。
お筆先九号 50  月日よりさしづばかりでした事を これとめたなら我が身とまるで

また、人の心という物は 疑い深いものなるぞと歌て居られますね。どうぞ疑いの心を取ってみかぐら歌、お筆先、泥海古記、おさしづの原典通りしましょう。

お筆先十二号 134 真実が神の心にかなはねば いかほど心つくしたるとも
  納得の行く信仰でありますよう願っています。
三月から九月迄、天理教会本部に伝えられた資料で昭和二十八年から昭和四十九年までの物を神一条教本部のHPの掲示板よろづ書き込みに出していますので御覧下さい。『時と旬』『神一条』『妙真珠』『合せ鏡』も出しています。

それから『伊勢神宮と天理教の事について』も大変興味深い重要な内容です。

心当たりのある人にお伝え下さい。世の中切羽詰まっています。打開する方法は神様の思惑通りにする事です。 http://www.kamiichijyou.org/を御覧下さい。それではお元気にお勤め下さい。有難う御座いました。神一条教本部 安達

政巨がお伝えしました。

  ☆下記のおさしづを心においてみかぐらを歌って下さい。お筆先を拝読して下さい。☆

    親神様を無視しないで下さい!
天理教の中では通用する話しでも真実の神の道では通用しません。手本雛型、学び、稽古の道が天理教です。今は応法の道に成って久しいです。

お筆先十二号 134 真実が神の心にかなはねば いかほど心つくしたるとも
おさづけがきくのでしたら結構なことですね! さづけを取り次ぐ事は真実やと思って居られるのでしょう。

手かざし程度のおさづけではね〜 ! その前に!

御筆先 九号 50 月日よりさしづばかりでした事を これとめたなら我が身とまるで

(M27・11・13)『さしづと寿命と引き換えやで\/。・中略・さしづと寿命と引き換えるというは、なか\/の理やで。』と伝えられています。おさしづの大切さ重要はこれだけでも分かると思いますが如何でしょう?
心得違いは何でしたか?確か、出直しやでは?

 注(M24・1・28)夜八時半おさしづに
『中山家のある間、一つも粗末にせんといふは、どういふ處よりでるか。此の理をきかう。神の方より聞かう。・・・このやしきでは親族の理では、世上助けること出来ん・・・中山家のつゞくまで助けるといふは、親族の理であらう。』と仰せ有ります。

(M23・6・21)午後九時十五分(P142、738)神一条の道には親族は無い。と書き残してあります。

(M27・11・13)に戻ります。その続きでわざわざ人払いされて出されたおさしづです。

『肝心なる處、中山てへい有って無い。これも早くこれ隠れててへいとは切って了う。』中山家と神の道は切れています。よって中山家にお授けを渡す許可も依頼もありません。

親神様の許可のないお授けを金と引き替えに渡したら詐欺になりませんか?

お助け人と言う体良い詐欺師に仕立てられませんか?  大正三年眞之亮様出直しで切れました。

お筆先九号61 ぢきもつをたれにあたへる事ならば この世始めた親にわたする
          64 月日にはこれを渡しておいたなら 後は親より心次第に と有りますのは天理教祖や真柱(教長、管長)の事ではありません。

お筆先十号 22 この台をどう言う事に思うかな これは日本の親であるぞや
  十七号 3 この台をどう言う事に思ている これは日本の一の宝やと仰せ有りました。

おさしづM21・6・23に 甘露台一ツ人間定めてある、何でも一日ある楽しみあると言う事 治めてもらいたい。

甘露台は人間である。天理教の真柱ではないことは分かるでしょう。詳しく上げないと理解出来ませんか?詳し過ぎても迷うかな?
この神意が分かれば何も言う事は無いと思います。 知らんぷり出来まか?  石や木の甘露台は記念碑であります。

    ☆明治二十一年六月三日のおさしづに ☆
前略  一ツ事情 分かりがたない 刻限理持って話する、是まで 急き立てたる理、 早く甘露台珍しい事云いかけ、又始めかけ 甘露台一条せかいにある事はいわん。これから神の云ふ様にする事、だんだん聞かす、 だんだんたちきたる(年

限が)はんぜん理 分かりがたない 是から天理運ばねばならん、 世界事情 世界ある道はいらん(各宗教は大神の大旨が分からんから早く神一条を踏み止めねばならん)せいでもよいものや 通るに通られん(人間思案の心では)世上理に

迫る 一寸一ツさしづいついつまでの事情(天理教も人間心ではならんから おさしづ一条で立つ神一条の道でなくばならんとある) 事情は甘露台早くなるならんではない(神一条人間甘露台をつれて通るから早くふみ止めねばならん) 連れ

て通る(人間甘露台を)世上(天理教の道)理、世界の理 この事は五十年以来一年理をみてどう云ふ分かり (文久二年より大正元年は五十年の年限はひと仕切ると仰せ有ります) 古き者を向かひ取り一寸心に掛かる、一ツ理 神一条大切な

理と云ふは、古き者や、新しき者や一人ではない(明治二十六年にお里様ご逝去なされるまでに 明治二十二年に理を受けて古い理を新しい道を付けさすために五十年間の道中の苦労をさしてお仕込みの道中であろう)皆いんねん (いんね

んよせて守護する) 古きもの失ふ 理うしなふよふ この理 聞かねばならん、 みな追々すみすみ心を以て甘露台理を聞かす、又々刻限まちて知らそ  後略

☆明治二十一年六月三日午後四時 山本利三郎より伺  ☆

 前略 一つ事情分かり難ない。今まあ刻限以て知らそう。今又話、かんろうだい珍しい事言うで。だんだん始め掛け。だんだん道分からんから遅れてある。世上の道皆世界にある。世界にあるものなら要らんものや。なれども長い道やで。

(天理教は応法の道として)一寸許してあるのや。これから神一條やで。實なる處かんろうだい。早や早や取り決め取り締まれ。難しいようにあるけれど、神が皆働く。何でもない。なれどもなかの道である。。(天理教は応法の道として)一寸

許したもの、これまでの處迎い取りたる者もあるで。一人ではない。古きの理を失えば、皆自然と理を失うで。かんろうだい一條の道通れ。かんろうだい一條の話、又々刻限以ちて知らそうと、又々と。

☆明治二十三年八月十ニ日(陰暦六月二十七日)午後二時五十分
 前略 真実々々台是談示出来る どんなことも話しよう、聞きよう三才童子一つの理をもち今日の指図、今日の事を知らす 明日の指図といえば明日のことを知らす、三年先の事を知らす、生涯と云へば生涯の理をすっきり指図する人。

人間心出そう、出すまい。なれどもほこり聞かし、気兼ねをしたりしては、心たん神入り込むことが出来ん。 後略

おさしづにはこの様に仰せ有ります。いちいち解釈する事も要りませんね!
素直になれとか、人間心を混ぜるなと色々に教えられています通り純粋に受け取るべきでしょう。

   ☆甘露台の事に関する参考★ もう一度、繰り返します。

   御筆先 十号 22
この台をどういう事に思ふかな  これは日本の親であるぞや
(この台とは人間甘露台の事)
  御筆先 十七号 3 では
この台をどういう事におもている  これは日本の一の宝やと仰せ有りました。
(この台とは人間甘露台の事)

☆甘露台は人間である。話をすると言う事。☆
神一条教で人間甘露台と言っているのは ☆明治二十一年六月二十三日のおさしづに☆

前略 甘露台一ツ人間定めてある、 何でも一日ある 楽しみあるということ 治めてもらいたい。 このおさしづから来ています。 石や木の甘露台ではない事を伝えるためあえて人間を付けられた。 甘露台は木や石ではありません。
それは雛形記念碑です。

    御筆先 十七号 58
 このざんねんなにの事やと思ふかな   甘露台が一の残念
(木や石の甘露台記念碑なら何も残念な事はありません)

    御筆先 三号 31
 親々の心違いのないように  早く思案をするがよいぞや (親とは甘露台の事)

    御筆先 九号 45
 今成るの甘露台とゆふのはな   ちょとの雛形迄の事やで
(石や木の甘露台は)
    御筆先 十号 77
この度の甘露台といふのもな   これも今までしらん事やで
                  (甘露台は人間である事) お分かり頂けますか?

どうして、我が身恨みで有るほどにとか後で後悔無きようにせよと念を押されたか、この資料を読まれたら気が付くでしょう。しっかり思案して下さい。

この後は、神一条教本部HP、掲示板 よろづ書き込みの『第24 伊勢神宮と天理教の事について 』を見て下さい。宜しく神様の思惑を立て下さい。  聞き分けて下さい。  URL:http://www.kamiichijyou.org/ 神一条教本部 安達政巨がお伝え致しました。お元気にお勤め下さい。  有難う御座いました。

SP:お筆先 六号 106 これからはいたみなやみもでけものも いきてをどりでみなたすけるで
          107 このたすけいまゝでしらぬ事なれど これからさきはためしゝてみよ
          108 どのよふなむつかしくなるやまいでも しんじつなるのいきでたすける
上田奈良糸様の後、中山家におさづけを渡す許可も依頼もありませんが?息の授け、水の授けは甘露台本授けです。
手踊りとは十柱の神様に御願い勤めの事です。また、甘露台授け勤め十五種類が有りまして自由用自在御守護を頂いています。宜しくお調べ下さい、お願い致します。有難う御座いました。
 

Re: 文字遊び

 投稿者:一応会長  投稿日:2008年 1月23日(水)22時24分7秒
返信・引用
  > No.575[元記事へ]

こんばんは。

「神の打ち分け場所を急き込む」を拡大解釈して、”神の打ち分け場所”というのも
存在してます。
我が義姉の近くには”日月の宮”というのも有ります。月日を逆さまに書いただけ。。
この様に少し視点を変えてみればどの様にも教祖の教えを都合良く変えて見せることが出来ます。
しかし、教祖は反対するのも可愛い我が子とは言いましたが、異端だけは一切許しておりません。
組織の不足からこの様な別派・分派が生まれてきているという点では、反省しなければなりませんが。。。。
 

Re: 文字遊び

 投稿者:管理人  投稿日:2008年 1月23日(水)20時14分35秒
返信・引用
  はなちゃんさん、後からつけたものって、その時はうまくいったと思えることでも、だんだんとほころびがでてくるものです。
ほころびを取り繕っていくうちに、さらなるほころびが出てきてしまいますね。


一応会長さん、はじめまして。

原典に出てくる「神一条」という言葉を、「神一条教」という教団を意味するよう刷り込んでいくと、すべてそのように見えてしまうのですね。
第三者の目からすると、なんでそこまで固執するのだろう、というところなんですが、彼らは脳内で処理していますから、なんらおかしいと感じることができないのではないでしょうか。

このほころびにはかなり無理があると、はやく気付いてもらいたいものです。
 

文字遊び

 投稿者:一応会長  投稿日:2008年 1月22日(火)22時52分10秒
返信・引用
  天理教の別派?異端?さんたちは、結局はおふでさきやおさしづの書かれた時代背景や思いを汲み取らず、汲み取れず、理解できず自分達の都合に合わせないと存在出来ない悲しい人達なのでしょう。

おふでさきはその一句だけをとって解釈するのではありません。
Y氏の一派も無理な教理の正当性を述べてますが、所詮は無理なのです。普通に解釈したらわかるものを無理に曲げて説いている。

ひらがなの教えなのにおふでさきの文字を無理に漢字に置き換えて、それも自分達の都合の良い感じに変えて解釈するなんて全く持って問題外ですね。
 

素人の疑問?

 投稿者:はなちゃん  投稿日:2008年 1月22日(火)20時42分59秒
返信・引用
  安達さんは「神一条」とおっしゃるようですが「ほんみち」にしても名称はあとからつけたようなものに思うのですが
おふでさきやおさしづから都合のいい名前を拾ってきたような、でなければ教団名称を改称する必要ないでしょうし


安達さんが書き込むと自分が天理教を信仰しているという分を差し引いても安達さんの書き込みでは納得させていただけないですね'_';逆をいうとやっぱり天理教でよかったとおもえます
 

Re: 神一条の道は年限で立っています。

 投稿者:管理人  投稿日:2008年 1月22日(火)20時26分9秒
返信・引用
  > No.571[元記事へ]

>『困るのは神一条教の方ですよ。』 神一条は何も困ることはありません。経費的にも天理教の万分の1以下です。

↑の安達さんの書き込みについて
私は以下のこと、「おさしづ」にある「親族の理」の、神一条教の主張に「反論しましょうか」と言っています。
↓以下、私の書き込み
>メールには相変わらず、「おさしづ」【明治二十四年一月二十八日 夜八時半】にある「親族の理」についてゴチャゴチャ書いてきてますが、反論しましょうかねえ。
>困るのは神一条教の方ですよ。
投稿者:管理人  投稿日:2008年 1月15日(火)18時56分54秒

反論されると「困るのは神一条教の方」なのではないのか、と言っているのです。
どこをどう読むと経済的な事柄になるのですか?
このようなすりかえを行う安達さんのスタンス、これこそが「神一条教」の問題点なのでは?
ですから、書き込めば書き込むほど、自分の首を絞めている。
>安達さんが書き込めば書き込むほど、己自身で詭弁を晒しているのです。
投稿者:管理人  投稿日:2007年 3月26日(月)23時09分41秒


これは一つ。今しんばしら、鍛冶屋々々々、七八年というはいつも/\厄介になった。その嬉しさは、どうでもこうでも忘れられん/\。
【明治二十四年一月二十八日 夜九時】

↑この「おさしづ」についての安達さんは↓

>☆かじやとは舵やということです。船の舵(かじ)のことです。京都の五山の大文字焼きの時舟形がありますね。船は御教祖で世界助け船です。その舵取りをされていたのが『おさと様』でした。
>梶本家ではありません。☆
投稿者:安達  投稿日:2008年 1月17日(木)17時01分52秒

↑こんなレスですが、「鍛冶屋」が「舵や」となるなら「今しんばしら、舵や舵や」ですから、「おさとさん」は出ようがないです。

裏は鍛冶屋、表大工。鍛冶屋、大工、柱にして、今日の日まで上ぼりて来たわい。しんばしらは鍛冶屋、そこでしんばしら、表大工、皆んな筆に残りある。
【明治三十四年五月二十五日】

↑この「おさしづ」こそ「しんばしらは舵や」と明確に述べられている、真柱様の舵取りに従うってことになるでしょう、「舵」ならば。
私は「しんばしらは鍛冶屋」という解釈ですがね。
おさとさん、どこへ行ったんですか?


答える気はないでしょうが↓

>元治元年からの事を話しされています。
投稿者:安達  投稿日:2008年 1月17日(木)17時01分52秒

↑この根拠は?


>『赤牛がぢばに尋ねてくる。』は御教祖様がよく話しされて居られたそうです。
投稿者:安達  投稿日:2008年 1月22日(火)16時12分3秒

↑はナニを根拠にしているのでしょうね。
出典はどこですか?


>甘露台は話しする事までおさしづに残されているでしょう!
投稿者:安達  投稿日:2008年 1月17日(木)17時01分52秒

↑どこにそんなこと書かれていますか?
「甘露台は話しする」とおさしづにありますか?


数字遊びは「神の打ち分け場所」が得意でしたが、「神一条教」もそうなのですね。

仏教を引っ張り出してきましたが、仏典は「如是我聞」として成り立っているのであって、仏陀が筆に残されたものではありませんね。
それに、仏陀入滅から仏典ができるまで、ずいぶん年数が開いています。


「おふでさき」には「註釈」があります。
「おふでさき」に書かれてある時代背景、どのような意味合いを持っているのか、先人の先生方が教祖からお聞きしたこと、また見てきた事柄などを総合し、できています。
仏典より「註釈」の方が、よほど確度が高いです、比較できないくらいに。

ですから、「おふでさき」を読み解くのに「註釈」とまったく違う解釈をするのは、よほど歴史的な発見がない限り成立しません。
「註釈」とはずいぶんかけ離れた「神一条教」の解釈は論外です。


>又一つの別派と言うことは天理教の道とは違う道を強調されています。
投稿者:安達  投稿日:2008年 1月22日(火)16時12分3秒

「別派」は教団云々ではなく、生き方であります。
教祖にいんねん深い親族ということと、信仰ということは別物である、別派である、ということです。

さあ/\しんばしら/\、後一つは親族。刻限という、刻限というてはとんと分かり難ない。秘っそ/\にして真の親族、いんねん、しんを定めてこれもこうかい、あれもあゝかい、一つの理が治まりたら何彼の事も治まる。又々話、今日は親族の理というは深きの理、これで親族という。神一条の道は又一つ別派、それより血分け、心の理寄り来る理がある。誠の道に寄り来る。神一条の道から始まりた真実の心という。
【明治二十三年四月二十日(陰暦三月二日)午前四時】

親族と信仰は別なのだ、という歴史的事実を台として出された「おさしづ」を引用しましょう。
前川家は御生家を見てわかるように立派な資産家だったわけですが、この頃、大きな借財を抱えていたようです。
前川家では、もうどうにもならんと云うところに来て、初代真柱様に相談されました。
初代真柱様は、「教祖のお生まれになった家であるから、中山のある限り粗末にはいたしません」と返事をいたしました。
そこへ厳しい「おさしづ」が出されます。

【明治二十四年一月二十八日 夜八時半】の「おさしづ」ですが、割書は、「刻限(前おさしづに基づき中山会長へ御願い致しました処、会長は前川方は中山のある限りは粗末にはせんと仰せ下されました、前川方へ行き御話伝えました。)」となっています。

「親族の理を以て放って置けんというは、どれから出たか。このやしきでは親族の理では、世上救ける事が出来ん。苦労艱難の道を通り来て理を聞くなら、一つの道も通そう。限り無き処まで尽そうというは、どういう理であるか。中山家の続くまで救けるというは、親族の理であろう。」

厳しいお言葉であります。

「広い地所があっても種を蒔かねば草山や。草山は草山の値打ち。種があればこそ、修理がある。修理がしたならこそ今日の日や。これをよう聞き分けてくれ。
さあ/\尋ね掛け話。さあ/\朝はとうからどん/\風も構わず走り歩き、寒い時は寒い装束、暑い時は暑い装束、扇使いでは種になるか。これだけ話すれば皆分かる。前々にも話してある。三つの立て合いと言うたが、諭したが、向うに何と言うたぞ。」

前川家は、教祖に深いいんねんある家柄ですから、広い土地、肥沃な土壌、大きな徳があると云えるでしょう。
しかし、種をまかなかったならば草ぼうぼうであって、いくら広くても、それだけの値打ちにしかなりません。
寒い時にはコタツでぬくぬく、暑い時はクーラーで涼んで、左うちわでくらしていては、種まきになりません。
信仰は血筋ではなく生き方です。
神一条の道は生き方であって「神一条教」という「教団」に属することではありません。

もともと親神様は教会をつくることをお許しになりませんでした。
しかし、人間が、願って、願って、願って、やっと、お許しが出ます。
親神様はお許しを出した以上、取り消せとは仰せられませんでした。
しかし天理教団を、神一条(教団ではない)の信仰となるよう、厳しい「おさしづ」がさがります。

神一条教という「教団」に属することこそ正当だ、みたいな主張は、それこそ信仰が後退していると言えます。


>★雛型があるから神一条の道と言う本道があります。★
投稿者:安達  投稿日:2008年 1月22日(火)16時12分3秒

「ほんみち」って、神一条教の母胎の母胎ではなかったですか?
↓こちらの教団が正当性を主張したら、「神一条教」はどうするんでしょうねえ。
http://www.shinshuren.or.jp/kyoudan/(52)hikawa.html
 

神一条の道は年限で立っています。

 投稿者:安達  投稿日:2008年 1月22日(火)16時12分3秒
返信・引用
  神一条の道は年限で立っています。
『困るのは神一条教の方ですよ。』 神一条は何も困ることはありません。経費的にも天理教の万分の1以下です。

『パラサイト教団の教理的矛盾撞着に気付かないのです。』 見解の違いでしょう。撤回された方が良いのでは?
メールで『天理教は神様をダマしています。』でもお伝えしましたでしょう。

明治二十一年六月八日のおさしづに神一条の名揚げ、と書き残してあります。
明治二十三年四月二十日には神一条の道は又一つの別派。と有ります。もう一度、ご検討して下さい。

お筆先四号 41 あす日は何でも頼みかけるでな 神一条につかねばならん
      97 これまでと道がかわるとゆふてある 神はちがうた事はゆわんで

天理教では神一条の道とは社会的な仕事をしないで神様のご用と言いますか、お道一条で(生計)暮らす事と取って居られますが、そうでは有りません。ここを取り違えて居られるのではありませんか? 又一つの別派と言うことは天理教の道とは違う道を強調されています。 天理教の道と神一條の道は別の道です。

その他にも天理教と神一条の道は違う(別の道)ことは中学生が読まれても分かるおさしづを伝えさせて頂いていますね。
大学を出られると中学生が読んで分かる事が分からなくなるのですか? 理解出来ないのですか?

それから『親神様を無視しないで下さい!』のメールで、 『手本雛型、学び、稽古の道が天理教です。今は応法の道に成って久しいです。』ともお伝えしました。天理教は何年経とうと雛型から脱ける事は有りません。神一條の道を付けるため

の雛型であり足場ですから、足場は何れ神一條の道が完成すると当然、取り払いますし取り払われる物でしょう!
例えば、建築物が完成すると足場は取りますね! それと同じ事です。

『↓は中山家が貧のどん底に落ちていた時代に、教祖の娘であるおはるさんが嫁いだ梶本家(鍛冶屋)より、援助が何年もあったこと、それが嬉しかったということを述べてあるおさしづです。初代真柱様は、梶本家(鍛冶屋)からの養子ですね。』

『何処へ出ようとて出られんから、放って置いてもと思うて、道の間はあちらへ出歩き、身代も無くし、どうしようにもこうしようにも、その時の残念、その理が残ってある。何処へどうしても頼み甲斐も無し。そこで先祖より伝わってある道具

を売り払うた。それだけの事情今日だけ些かなもので、些かのものもならん日があった。その時そんな残念悔し、それ/\
聞いてくれ。残念であった。これは一つ。今しんばしら、鍛冶屋々々々、七八年というはいつも/\厄介になった。その嬉
しさは、どうでもこうでも忘れられん/\。』 【明治二十四年一月二十八日 夜九時】

このおさしづは一応、話しの台とお伝えしておきましよう。百年先の話しであるから気が付いて頂けたら有難いですね!

昭和十二年は天理教立教百年祭でした。それから七年、八年の間の出来事です。数えで二十一年迄のことを月日大神様は甘露台親様の苦労をねぎらってのおさしづなのです。昭和十二年から昭和十九年申の年、二十年酉の年、二十一年戌の年の事

で月日大神様が甘露台親様の筆舌に尽くせない御苦労をねぎらわたおさしづで有りました。戦争の最中の話ですので中々難しいでしょう。『日本に数無い偉い者出て来る』確認して頂けましたか?神様は明治三十三年九月九日のおさしづの話をさ

れているのですよ。『百年の先の事言うて置けば三十・五十のものは知ろまいなれどどうでも出て来る。』と『日本に数無い偉い者出て来る』とありましたですね。 また、『百姓第一助けたい!』とも御教祖様が言って居られたそうです。

その百姓とは百年に女生まれると言うことで昭和十二年丑の年、天理教百年祭の事だったそうです。この年人間甘露台を据える予定でしたそうで、道は三年かと思うたら五年まで遅れた、子供生まれるのも遅れたが神入り込むのも遅れたと聞きま

した。昭和十七年午の年になった。この年甘露台親様は五十四才でした。泥海古記999999これは9x6=54と言う事、この年12月10日に天照神一条打明場所の看板を上げて神一条の道が始まった。泥海古記最後の年。甘露台親様五十四才でした。本席様は六月九日に出直されたのも6x9=54の事を念を押されての事でしょう。

本席様が出直され神一条の道が一時中断し年限待ちをされていた。仏教の方では馬頭観世音と名のられました。昭和十七年は午の年、聖徳太子をうまやどの王子と言う、馬のこと、十七条憲法の十七、二に曰く、篤く三法を敬え、三法とは仏、法、

僧なり、イエスキリスト馬小屋で生まれた。馬、小寒様、十七才、天理王命神名流し、仏教、キリスト教、天理神道の三教一つと言うて出て来る。と言う事で雛型の通り打ち出された。

お筆先三号 73 十一にくが無くなりて真忘れ 正月二十六日を待つ

明治二十年(御教祖御昇天)より二十六年は大正元年(御教祖百十五才理の切れ目)御教祖はお言葉を出す所がないので大西愛治郎様(ほんみち)に御入り込みとなり 天の小人 甘露台を育て事情にかかられた。甘露台昭和十年に枚方三輪講に

学びし(おさしづに柴小屋に学びする)とあります。昭和十二年(立教百年)に枚方の親様が『米谷くに』と言う者が理の台であると世上へ打ち出すお役目だったが人間心が出て御自分が甘露台として出られ十六年に亡くなられた。 おさしづに

「道は三年かと思うたら五年迄のびたこれは取り返しがつかん」と仰せあり ほんみちの大西様も昭和十三年御自分が人間甘露台として打ち出され 神の思惑と違い不敬罪で監獄に御苦労下された。昭和十六年に大西様も枚方の親様もおられなく

なり真を忘れていた年。立教百年(昭和十二年)より十一年は昭和二十二年 昭和二十一年に人間甘露台として赤着初着し苦労を忘れて昭和二十六年を待つ事。(蛇足、大本教の出口王仁三郎様は十二月八日宍道湖で逮捕された不敬罪と社会を惑わした。真珠湾攻撃で第二次世界大戦に突入した。)注 昭和二十六年は、おさしづに二月二十六日此れ日の立て合い

お筆先三号 113 今迄の事は何もゆてくれな 二十六日始めかけるで
お筆先十七号46 この日はな何時の事やと思ている 二十六日が来たる事なら  天理教 ほんみち 神一条 一つにな

るのが神の思惑であったが皆めいめいに立ってならなかった。一日なりと日をのばして待ち下され「成る立て合い 成らなかった」と神の御残念であります。甘露台は四方正面鏡屋敷と申され天理教、ほんみち、三輪講、神一条と四本柱揃わねば

成りません。 三りんぼうに棟を上げたら倒れると世間の人は嫌がりますが神一条人間甘露台が出なければ天理教、本道、三輪講と三軒では建たんのであります。(天保九年から昭和二十六年まで百十五年です)長いのでショートカットします。

昭和十八年は新潟県布教で信者が多くなった。昭和十九年申の年は甘露台親様は五十六才で嘉永六年のひな型通り、夫六十六才で出直された。明治三十四年五月二十五日のおさしづに 『三十八年後はこんな席へ座わりゃせん』とありますのは明

治四十年から昭和十九年までこの年二代本席と名を上げた。節があって皆苦労の道中。天保九年から百八年で百八つの煩悩除夜の鐘・・108つ鐘を打つ。鐘は(金、立 里)と書く。仏教で『五十六億七千万弥勒菩薩年を経ん、誠に信心有る方は

この度悟りを開くべし』と有りますのは昭和十二年天理教百年祭(甘露台親様四十九才)から七年後の昭和十九年の事を仰せられた。昭和十九年、二十年、二十一年戌の年十二月十日赤衣発着式を行って人間甘露台宣言された。天保九年戌の年か

ら百十年は昭和二十一年戌の年になる。(とつきとうか、ご婦人が妊娠五ヶ月の戌の日に一丈一尺の腹帯を締めて安産祈願)帯屋三式許し出す所。ほうそう、はしかは特別のお土産として助ける。人間甘露台が出るまでのご苦労をおさしづされたの

です。御教祖六十年祭。真言密経、仏説無量寿経、旧約聖書など沢山ありますがこの位にしておきます。次のお指図は参考
まで上げておきます。
 明治二十二年八月二十一日  ころりと道を立て替えて、世界これだけの道を始め掛け。 神一条世界一つの道 只一ツの道を始め掛け だん\/因縁、因縁の理を持って始めかける理という十分理を聞き分けてくれねばならん ・・・・神一条

の道はまだ\/治まっていない、神一条の道を通りていると思ふたらころりと間違ふで年限ただ不思議や \/思う丈(だ)け何も分かりゃせん。 又一ツ一人の小人(人間甘露台)定め一ツの理であろう。

明治二十二年三月二十一日午後5時 道さえ分かりさえすれば、不自由でけん。これ皆筆に知らしたる處、紙に書いたものを持って居てさえ分かりゃせんから、一度や二度で聞いたとて分からん筈や。皆々互い\/に研究して日々運べば、取次の

古き道の理と、又世界の道理の理と諭せば、神の働きどんな働きをするや知れで。今迄にも面目無い事が、何遍もあったで、分からんも一つのひながた、分からんひながたは要らんというようなものや。なれど分からにゃ仕様が無い。

明治二十二年十月七日 さしづ無くしていかなる道も通れるか、通れんか。
お筆先 四号105 だん\/と見えん事をばゆてをいて 先で見えたらこれが神やで

明治二十五年二月十八日 さしづの理はたった一つの理を諭してある。なれど分かりゃせん。理のさしづには違わんという理を取らにゃならん。身上に事情と言えど事情による。
明治二十五年六月四日 幾重のさしづもあろう。引き合わせてみよ。成程の理も分かる。
明治二十三年六月十三日、午前三時半に『(前略)一点の理は年限で分けてある』と仰せ有りました。

天理教の方々は年限は理解出来ないのです。話しを聞いた人は誰もいないからです。また、気が付く人も居ないでしょう。早く気が付いて頂きたい。
『山城、いが、河内とか赤牛がぢばに尋ねてくる。』
 ↑この書き込み、ナニが根拠ですか?おさしづに記されていますか?どこを調べると確認できるのでしょうか?

『山城、いが(伊賀、毬)、河内』★へ三ヶ国を十九日にて生みおろし有り。と泥海古記にあります。
甘露台親様は京都の西陣に出生された。毬栗の毬がチクチク刺さるよな苦労の道中、神一条教は河内は東大阪に有ります。

十九日は昭和十九年申の年、二代本席として出られました。
『赤牛がぢばに尋ねてくる。』は御教祖様がよく話しされて居られたそうです。
お筆先四号 18 今迄の牛の先道おもてみよ 上たる処皆気を付けよ  甘露台親様は丑の年生まれです。

『神一条教という人間勝手の道をやめませんか?』 ★原典通りでしたら人間勝手の道では無いでしょう!★
『素直に教祖五十年のひながたの道をたどる努力をしませんか?』★雛型があるから神一条の道と言う本道があります。★

このやしきに於ては五十年の間、天の理を以て始め掛け。天然自然の道を知らんか。神一条の道、皆人間心勝手の道を、皆んなこれまでの道を聞き分けくれ。十分待った。刻限を待って、何程よい、何程楽しみや速やかな道を連れて通りても、又

々一日はよい、二日はよい、三日はよいと経たぬよう。元のぢばや親里や、日々送る元のぢばや親里やと、世上からお(あ)ざやかなと言うように、治め暮らしてくれるよう。【明治二十一年十一月十四日(陰暦十月十一日)午前三時】

☆元のぢばや親里やとは人間甘露台様の身の内を指して仰せられました。前世はお里様・今世は名を国(くに)と言う因縁と魂、理は一つ同じ理☆  本物甘露台親様です。宜しくご理解下さい。有難う御座いました。
 

Re: はじめまして

 投稿者:管理人  投稿日:2008年 1月18日(金)18時14分8秒
返信・引用
  まおさん、こんばんは
はじめまして。
よろしくお願いします。
 

はじめまして

 投稿者:まお  投稿日:2008年 1月18日(金)15時58分13秒
返信・引用
  はなまるさんのブログからとんできました.
ざっと拝見させていただき興味深い掲示板と思いました.色々勉強させていただきたいと思います.まずはご挨拶まで.

http://tencp.blog80.fc2.com/

 

Re: 神一条教について

 投稿者:管理人  投稿日:2008年 1月17日(木)21時16分54秒
返信・引用
  ZOOさんへのお返事です。

組織の在り方が許せない人が異端に走ります。
そんな人は、神が目標ではなく組織が目標となっていると思います。
正義感が強いという見方はあるかもしれませんが、その正義感は得てしてその人の物差しだったりします。
不満がある、ということはほこりが溜まっているということでありましょう。
ほこりにまみれているので、パラサイト教団の教理的矛盾撞着に気付かないのです。
宿主教団の批判をすることで溜飲をさげているだけなんですね。
それで自分は正しい行いをしていると勘違いしちゃう。

パラサイト教団はホコリを集める塵箱のようなモノです。
そして、人をたすけることより塵集めに熱心です。
きっと、それしか関心がないのでしょう。

そんな人たちでも、親神様にとってかわいい我が子ですから、「その人たちをたすける」という視点がないといけません。
かく言う私ですが、次はどんな珍説が飛び出すかという、どちらかというとバラエティ番組を見ているような感覚になってしまうので、それはいけないなと、反省するところはあります。
 

神一条教について

 投稿者:ZOO  投稿日:2008年 1月17日(木)20時04分28秒
返信・引用
  東大阪の三ノ瀬(近鉄布施や俊徳道に近い)にある諸教団体で、幾年か前に、おふでさき第6号61のおうた

 ・いま〃ではみすのうぢらにいたるから…

に、

 「いままでミステイクしていたから…」

などという小泉さんもびっくりな解釈をつけて手紙を送りつけてきた教団ですね。


ぢばを外した、根拠レスな、文脈を無視した教理のコラージュでできた我田引水自説展開を、相変わらず飽きもせずに繰り返しているようですが、ようぼくの使命と値打ちは、どれだけ苦しみ悩む方々をぢばの理によって救済に導かせていただいたか、その道中で、どれだけじぶん自身がありがたい結構やと喜ばせていただけるように成人させていただいているかということであって、それ以上でもそれ以下でもない。

それと、長々メールを送りつけるようですが、忙しいから誰も読まないでしょうね。

そうそう、なんか数字を苦しい語呂合わせで送ってきたこともありました。
単なる数字と現象の関係は、恣意的にしか言えないのは自明なんですが。

それでどれだけの人をおたすけさせていただけるものですかね。
どれだけ多くの人に、幸せをもたらすことができるのか。

不毛な犯罪的な教理のコラージュを送りつける暇があるぐらいなら…。

管理人さん、上記お恥ずかしいことに、発言が泥と誇りと毒にまみれているので、適当に削除していただいて結構です。
 

Re: 懲りない教団

 投稿者:管理人  投稿日:2008年 1月17日(木)19時18分13秒
返信・引用
  > No.564[元記事へ]

引用と、自分の主張と、明確に表示できませんか?
わざと読みにくくしているとしか思えませんが。
主張そのものの脈絡が非常にわかりにくいんですよね。
読みやすくすると詭弁がわかってしまうので、そうせざるを得ないのでしょ?

ここは掲示板ですから、個人間でやり取りする場ではないですよね?
掲示板に訪れる多くの人に説得力ある書き込みをしないと、神一条教はレベルの低いパラサイト教団だという認識が広まりますが。

以前、↓このように忠告したはずです。
>安達さんが書き込めば書き込むほど、己自身で詭弁を晒しているのです。
投稿者:管理人  投稿日:2007年 3月26日(月)23時09分41秒

この点、改めようともしない人の相手をする必要もないのでしょうが、ちょっと書きましょう。


>かじやがどうして鍛冶屋に固定してしまうの?月日大神様は元治元年からの事を話しされています。梶本家の事なぞは触れていません。
>さしづはたった一つのことを諭してあると限定されています。何や?甘露台一条の事でしょう。

「かじやがどうして鍛冶屋に固定してしまうの?」と「さしづはたった一つのことを諭してあると限定されています。」は矛盾しませんか?

>元治元年からの事を話しされています。

↑この根拠は?


おさしづの日付に注目しましょう。

元々天理王命と称するは、五十年前からの道筋、今日一つの生涯のさしづして置こ。
【明治二十年十二月一日(陰暦亥十月十七日)】

天理王命というは、五十年前より誠の理である。こゝに一つの処、天理王命という原因は、元無い人間を拵えた神一条である。元五十年前より始まった。
【明治二十一年一月八日(陰暦十一月二十五日)】

元々五十年前からの道、めん/\何箇年前より/\、元事情諭する。
【明治二十年十二月二日】

天理教会設立の伺
さあ/\どんな事も俺がするのやで。善もある、悪もある。善悪分かるのやで。悪は扈からす/\。善より思案して見よ。五十年前よりある。無い/\という処から付いて来てあるもの。どんな道も連れて通ろう。一つ理も立てよ/\。十分の理を立つものと、一つの所に日々一つの道を付けようと思う。一つ道も連れて通る。こうして居られん。世界の処こうして居られん。同じ理や、連れて通ろう。
【明治二十一年三月九日(陰暦正月二十七日)】

たすけ一条/\という内、この処よ一多くの中理をある。めん/\一名の処、天理王命と称する五十年前よりの道すがら分かり来てあるなら、早う身は発散。世界の処事情は話す。発散々々。どういう処理を聞かそうと、銘々五十年からの道でありた。銘々の処、又こうした理で救かったと。伝え話してあると。十分の伝え話である。
【明治二十一年】

天理王命は五十年前からの道すがら。元々の理を聞き分けば、理も分かろうと。さあ/\五十年前よりすうきり何にも無い処より始め来てある。
【明治二十一年】

神一条は五十年以前から付けた道や。どのような事も聞いても居る。内々先ず/\の処、その場/\の心見てするがよい。又々内の処も心に掛かる。どうせにゃならんとも言わん。その心で運んでくれるよう。
【明治二十一年四月二十六日(陰暦三月十六日)】


>元治元年からの事を話しされています。

↑この根拠は?
教祖がお隠れになった明治二十年(1887年)から五十年遡れば天保九年(1838年)あたり、教祖が月日のやしろとお定まりになった時です。
上記おさしづは明治二十年暮れと明治二十一年のものでが、ちょうど五十年ですね。
元治元年(1864年)に成りようがありません。


>山城、いが、河内とか赤牛がぢばに尋ねてくる。

↑この書き込み、ナニが根拠ですか?
おさしづに記されていますか?
どこを調べると確認できるのでしょうか?

神一条教という人間勝手の道をやめませんか?
素直に教祖五十年のひながたの道をたどる努力をしませんか?

このやしきに於ては五十年の間、天の理を以て始め掛け。天然自然の道を知らんか。神一条の道、皆人間心勝手の道を、皆んなこれまでの道を聞き分けくれ。十分待った。刻限を待って、何程よい、何程楽しみや速やかな道を連れて通りても、又々一日はよい、二日はよい、三日はよいと経たぬよう。元のぢばや親里や、日々送る元のぢばや親里やと、世上からおざやかなと言うように、治め暮らしてくれるよう。
【明治二十一年十一月十四日(陰暦十月十一日)午前三時】


>甘露台は話しする事までおさしづに残されているでしょう!

↑どこにそんなこと書かれていますか?
「甘露台は話しする」とおさしづにありますか?

かんろだいを御休息所の方へ御勤に付、持って行く事の願

さあ/\理を知らそ。かんろうだいというは、何処にも無い、一つのもの。所地所何処へも動かす事は出来ないで。
【明治二十四年二月二十日】

かんろだいは動きませんよ。
↑の通りですよ。
神一条教は↓の解釈が間違っているのですよ。
人間をかんろだいに定めたのではなく、人間をたすけるためにぢばを定め、そこにかんろだいを建てるということでしょ。

かんろだい一つ人間定めてある。何でも一日ある、楽しみある、という事を治めて貰いたい。
【明治二十一年六月二十三日(陰暦五月十四日)】
 

Re: 懲りない教団

 投稿者:安達  投稿日:2008年 1月17日(木)17時01分52秒
返信・引用
  > No.563[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

> 安達さんから、神一条教についてのメールが来ていました。
> たまたま迷惑メールのフォルダにあるのを発見したのでした。
> メールソフトの方で勝手に、そのように分類しているのですから、相当迷惑している人がいるということなんでしょう。
>
> >掲示板を汚して済みません。もう、貴方方(ここの掲示板で)お伝えするのは止めます。
> 投稿者:安達  投稿日:2007年10月31日(水)23時00分31秒
>
> うきしま掲示板には、↑のような書き込みをされていた安達さんですが、メールはするんですねえ。
> ☆澄みませんね!勝手にメールしまして・・又々返信したくなりましたので再び出させて頂きました!天理教の皆様は過去形でした原典を見ておられません。『百年先の事を言うて置けばとか百年先の道、今日始めるも同じ事。』と仰せられています。かじやがどうして鍛冶屋に固定してしまうの?月日大神様は元治元年からの事を話しされています。梶本家の事なぞは触れていません。
さしづはたった一つのことを諭してあると限定されています。何や?甘露台一条の事でしょう。
石や木の甘露台ではない。甘露台は話しする事までおさしづに残されているでしょう!
猫もも杓子もわしは甘露台やと出て来るから年限証拠を残されたのでしょう。絶対に真似出来ないように確かな証拠を!この程度のこと知らないでごちゃごちゃ言わずに調べ、確認しに来たらどうですか!嘘か本当か!山城、いが、河内とか赤牛がぢばに尋ねてくる。山を越えて西にある・西に余分、余分、余分は一人あるわい。沢山ほのめかされているがアザナイ者ですから気が付かないし気が付いても知らなかった事にしょうで通して来ました。西方極楽浄土とかね・・わしも早々参りたいとは天理教ではありません。珍し処が現れた。何処に!天理ではないですよ!☆


> ↓は中山家が貧のどん底に落ちていた時代に、教祖の娘であるおはるさんが嫁いだ梶本家(鍛冶屋)より、援助が何年もあったこと、それが嬉しかったということを述べてあるおさしづです。
> 初代真柱様は、梶本家(鍛冶屋)からの養子ですね。
>
☆かじやとは舵やということです。船の舵(かじ)のことです。京都の五山の大文字焼きの時舟形がありますね。船は御教祖で世界助け船です。その舵取りをされていたのが『おさと様』でした。
梶本家ではありません。☆

> 何処へ出ようとて出られんから、放って置いてもと思うて、道の間はあちらへ出歩き、身代も無くし、どうしようにもこうしようにも、その時の残念、その理が残ってある。何処へどうしても頼み甲斐も無し。そこで先祖より伝わってある道具を売り払うた。それだけの事情今日だけ些かなもので、些かのものもならん日があった。その時そんな残念悔し、それ/\聞いてくれ。残念であった。これは一つ。今しんばしら、鍛冶屋々々々、七八年というはいつも/\厄介になった。その嬉しさは、どうでもこうでも忘れられん/\。
> 【明治二十四年一月二十八日 夜九時】
>
> >大和神社の事件の後、飯降伊蔵夫婦しか残りませんでした。掃除をされたのです。
> 投稿者:安達  投稿日:2007年 3月24日(土)16時48分22秒
>
> このような書き込みもしていますが、それは誤りであることがハッキリとおさしづに書かれてあります。
>
> >天理教の大工は飯降伊蔵本席様で、神一条教の大工は前生、大工さんの奥様のおさと様です。
> >二代大工で二代本席です。表大工、裏かじやは内助の功の奥様のことを言ってあります。
> 投稿者:安達  投稿日:2007年 3月15日(木)23時55分32秒
>
> ↑この前提がくずれると神一条教は成り立たないでしょうからねえ。
> でも、おさしづには逆らえませんよね。
>
> 裏は鍛冶屋、表大工。鍛冶屋、大工、柱にして、今日の日まで上ぼりて来たわい。しんばしらは鍛冶屋、そこでしんばしら、表大工、皆んな筆に残りある。
> 【明治三十四年五月二十五日】
>
☆大工夫婦がメーインに出て来る事でおさと様が二代本席であり甘露台親様であることです。
   天輪王の命と言うことです。分かるかな?☆

> ☆表は大工で飯降伊蔵様の事・・・昔は今と違い、屋号大工一家と言うことです。
 裏は御教祖様の杖柱、談示柱のおさと様の事です。本席夫婦は御教祖様の左右の手でした。
 神楽ご両人は本席様夫婦のことです。天の両扉です。☆

> メールには相変わらず、「おさしづ」【明治二十四年一月二十八日 夜八時半】にある「親族の理」についてゴチャゴチャ書いてきてますが、反論しましょうかねえ。
> 困るのは神一条教の方ですよ。
 

懲りない教団

 投稿者:管理人  投稿日:2008年 1月15日(火)18時56分54秒
返信・引用
  安達さんから、神一条教についてのメールが来ていました。
たまたま迷惑メールのフォルダにあるのを発見したのでした。
メールソフトの方で勝手に、そのように分類しているのですから、相当迷惑している人がいるということなんでしょう。

>掲示板を汚して済みません。もう、貴方方(ここの掲示板で)お伝えするのは止めます。
投稿者:安達  投稿日:2007年10月31日(水)23時00分31秒

うきしま掲示板には、↑のような書き込みをされていた安達さんですが、メールはするんですねえ。

↓は中山家が貧のどん底に落ちていた時代に、教祖の娘であるおはるさんが嫁いだ梶本家(鍛冶屋)より、援助が何年もあったこと、それが嬉しかったということを述べてあるおさしづです。
初代真柱様は、梶本家(鍛冶屋)からの養子ですね。

何処へ出ようとて出られんから、放って置いてもと思うて、道の間はあちらへ出歩き、身代も無くし、どうしようにもこうしようにも、その時の残念、その理が残ってある。何処へどうしても頼み甲斐も無し。そこで先祖より伝わってある道具を売り払うた。それだけの事情今日だけ些かなもので、些かのものもならん日があった。その時そんな残念悔し、それ/\聞いてくれ。残念であった。これは一つ。今しんばしら、鍛冶屋々々々、七八年というはいつも/\厄介になった。その嬉しさは、どうでもこうでも忘れられん/\。
【明治二十四年一月二十八日 夜九時】

>大和神社の事件の後、飯降伊蔵夫婦しか残りませんでした。掃除をされたのです。
投稿者:安達  投稿日:2007年 3月24日(土)16時48分22秒

このような書き込みもしていますが、それは誤りであることがハッキリとおさしづに書かれてあります。

>天理教の大工は飯降伊蔵本席様で、神一条教の大工は前生、大工さんの奥様のおさと様です。
>二代大工で二代本席です。表大工、裏かじやは内助の功の奥様のことを言ってあります。
投稿者:安達  投稿日:2007年 3月15日(木)23時55分32秒

↑この前提がくずれると神一条教は成り立たないでしょうからねえ。
でも、おさしづには逆らえませんよね。

裏は鍛冶屋、表大工。鍛冶屋、大工、柱にして、今日の日まで上ぼりて来たわい。しんばしらは鍛冶屋、そこでしんばしら、表大工、皆んな筆に残りある。
【明治三十四年五月二十五日】


メールには相変わらず、「おさしづ」【明治二十四年一月二十八日 夜八時半】にある「親族の理」についてゴチャゴチャ書いてきてますが、反論しましょうかねえ。
困るのは神一条教の方ですよ。
 

Re: あけましておめでとうございます

 投稿者:管理人  投稿日:2008年 1月 7日(月)17時01分28秒
返信・引用
  はなまるさんへのお返事です。

勇んでいますね。
おさづけを取り次いで、親神様の働きを感じでもらい、教えに耳を傾けるきっかけとなったらありがたいですね。
 

あけましておめでとうございます

 投稿者:はなまる  投稿日:2008年 1月 6日(日)21時14分50秒
返信・引用
  今年もよろしくおねがいします
今日は道友社で目に付いたパンフレットを10種類各一冊求めてきました
きっと気になったパンフレットを必要としている人に出会えるんじゃないかな〜って言う思いです。
今年は会長さんと大勢の方におさづけのおとりつぎをさせていただくという目標をたてております
娘だけではなく、教内、外大勢の方にお取次ぎできたらなぁとおもっております
 

Re: ありがとうございます

 投稿者:管理人  投稿日:2008年 1月 1日(火)09時00分3秒
返信・引用
  明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

同じ時代に、何人も自称「教祖の生まれ変わり」がいますね。
ブッダやイエス・キリストの自称「生まれ変わり」も沢山います。
ちょっと考えればわかることなんでしょうけど。
 

ありがとうございます

 投稿者:くみぽん  投稿日:2007年12月31日(月)20時31分44秒
返信・引用
  > No.553[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

お返事遅くなってすみません。芹沢光治良さんの本に出てくるのですが、親様の生まれ変わりはありえないのですね!その後、ネット検索していて調べたりもしましたが、井出クニさんの他にもいろんな方がいたのですね…。おさしづ勉強になりました。ありがとうございました。
 

Re: いんねん

 投稿者:管理人  投稿日:2007年12月29日(土)11時56分37秒
返信・引用
  親神様にとっては、どんな人間もかわいい我が子ですから。
天の定規、「その5」以外も読んでね^^
 

いんねん

 投稿者:冴智  投稿日:2007年12月29日(土)08時26分36秒
返信・引用
  天の定規その5よませていただきました。

平等にご守護いただいてるんですね(^∀^)
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2007年12月22日(土)19時24分37秒
返信・引用
  芹沢光治良は小説家です。
作品はフィクションですね。
天理教は、虚構の世界を組み立てるモチーフです。
モチーフとしての天理教は実、ということになりましょうが、しかし、どこまでが実なのかは、判然としません。
わかるようなら小説としての面白みもないでしょうし。
私自身、芹沢文学は教祖伝以外ほとんど読んだことがないので、なんともコメントしようがないのですが。


さて、人間は神の言葉を欲します。
自分に対しての、神の言葉を耳にしたいと欲します。
親神様は、思召を人間に知らせたいと望まれます。
夢でなりと知らせたいと仰せられます。

どのよふなゆめをみるのもみな月日 まことみるのもみな月日やで      十二号163
どの様な夢を見るのも皆月日 真見るのも皆月日やで

どのよふなゆめをみるのも月日なり なにをゆうのもみな月日やで      十四号  1
どの様な夢を見るのも月日なり 何を言うのも皆月日やで

月日よりにち/\心せゑたとで くちでわとふむゆうにゆハれん    十四号  6
月日より日々心急えたとて 口ではどうむ言うに言われん

それゆへにゆめでなりともにをいがけ はやくしやんをしてくれるよふ    十四号  7
それ故に夢でなりともにをいがけ 早く思案をしてくれる様

語るに語られん、言うに言われん。夢でなりとな、現でなりと知らせたい。
【明治二十三年六月二十日(陰暦五月四日)】

さあ/\尋ね/\にゃ分からん。いかな事も夢に知らせ案じ置きたる。成程これであったか。これまで知らなんだ/\。夢々一つの理、見る一つ聞く一つ、いかな理も悟るであろう。
【明治二十八年五月二十三日】


神様の声を聞こうと心澄ませば、聞こえてくるでしょう。
真剣に求めれば、聞こえてくるでしょう。
でも、易々とはいきません。
それに、簡単に聞こえたなら、啓示が下がるという人を求める必要はないのですね。
自分にはちゃんと聞こえないから求めるということになりましょう。
しかし、それは安易な人間心ゆえ、というのがほとんどだと思います。
また、親神様が伝えたい思召と、人間が知りたいものとのギャップは、かなり大きいと言えるのではないでしょうか。

天啓があった時期、人々は教祖の口から、あるいは本席様の口を通しておさしづを耳にします。
しかし、聞いたからと言って、それをそのまま素直に実行するかといえばそうではありませんでした。
都合の良いところ、やりやすいところで終わってしまうのですね。

話通りの理を通らねば何もならん。このやしきは何やしきと言うか、聞いて居るか。神やしきと言う。神やしきならば神のまゝ聞くならば神が支配する。これはこうして置け、どうして置けと言うならば何にもならん。さしづ通り出来んとすれば、さしづは要らん。尋ねるにも及ばん。
【明治二十三年四月十九日(陰暦三月一日)午後九時三十分】

天啓のない今、ないからこそ余計に、神のさしづを人々は求めたりします、「おふでさき」「みかぐらうた」「おさしづ」という、膨大な天啓に触れようともしないで。
それって、とっても安易ではないでしょうか。
なんのためにこれらの天啓を、親神様はあらわされたのか、それを考えなければならないと思います。



さて、教祖再生のことです。
教祖が再びこの世に生まれてくることはありません。
教祖はいまも元のやしきに留まり、存命同様お働きくだされています。

おぢばがえりし願い出ると、お守りを下付戴けます。
このお守りは、教祖がお召しになった赤い着物を裁ってつくられます。
教祖がお隠れになり、下付できるお守りが減ってきた、そこで伺ったおさしづがあります。

【明治二十三年三月十七日(陰暦正月二十七日)】
御守はこれまで教祖の御衣物を御守に用い来たりしに、皆出して了いになり、この後は如何に致して宜しきや伺

さあ/\尋ねる処、守いつ/\続かさにゃならん。赤衣という、いつ/\続かんなれど、そうせいでもいと、何尺何寸買うてそうすればよかろうと思うなれど、赤き着物に仕立てゝ供え、これをお召し更え下されと願うて、それを以ていつ/\変わらん道という。

御霊前へ供えますや、本席へ御召し更え下されませと御頼み申しますや、どちらでありますや願

さあ/\これまで住んで居る。何処へも行てはせんで、何処へも行てはせんで。日日の道を見て思やんしてくれねばならん。

押して、御霊前へ赤衣物に仕立て、御召し下されませと御願い致しますにや

さあ/\ちゃんと仕立て御召し更えが出来ましたと言うて、夏なれば単衣、寒くなれば袷、それ/\旬々の物を拵え、それを着て働くのやで。姿は見えんだけやで、同んなし事やで、姿が無いばかりやで。


分かりやすいおさしづですので、解説する必要はないでしょう。
ようするに、教祖の再来とか、生まれかわりという人物が出てきても、それはすべて偽物ということです。
 

 投稿者:はなまる  投稿日:2007年12月22日(土)10時20分21秒
返信・引用
  ↓入院中に読んだ本の名前はね・・・天啓のゆくえ
だったかな・・・
 

入院中に・・・

 投稿者:はなまる  投稿日:2007年12月22日(土)10時18分22秒
返信・引用
  入院中に天理教の異端(分派というかきかたでしたが)の中に伊藤青年と芹沢光治についてかいてありましたが・・
新宗教における分派分立の研究っていうサイトでもでてきますね〜
 

(無題)

 投稿者:三才心  投稿日:2007年12月21日(金)20時30分19秒
返信・引用
  はたして本当だったのか、芹沢さんが作ったのか?思案の為所でございましょう。朝日神社
には伺いましたが、良く丹精されていました。この世にかまいつきもの、、、のおふでさき
が出てきてしまいます。失礼。
 

こんばんは

 投稿者:くみぽん  投稿日:2007年12月21日(金)19時59分17秒
返信・引用
  はなちゃん、また会える日を楽しみにしています(^o^)
月次祭はどうもありがとうございました。また参拝させてください。

それから私事ですが先月から芹沢光治良氏にハマりはじめました。私も芹沢氏と同じ我入道で育ったからでもあるんですが、私の親もようぼくだったので、複雑な思いで読んでいます。「人間の運命」と、神のシリーズを読みましたが、その中で、井出クニさんと徳大寺さんはよく出てきますが、どんな方なんでしょうか?気になっています。
 

こんばんわ

 投稿者:はなまる  投稿日:2007年12月11日(火)00時47分14秒
返信・引用
  水●さん先日はありがとうございました

今日教会の奥様に用がありに顔をだしたところでした。
私の次のおぢばはお節会かな〜
来月は26日が週末なのでたのしみにしていますが・・・・
 

Re: こんばんは

 投稿者:管理人  投稿日:2007年12月10日(月)16時25分48秒
返信・引用
  はい、ぜひぜひ。
よろしくお願いします。
 

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